なぜ「立地」や「デザイン」より先に決めるべきことがあるのか
民泊や一棟貸しの宿づくりを始めるとき、多くの方がまず考えるのは「どんな内装にするか」「どんな設備を入れるか」といった見た目の部分です。もちろんそれも大切ですが、私たちが宿づくりの相談を受けるとき、最初に必ず伺うのは全く別の問いです。
「誰に泊まってほしいですか?」
この問いに答えられないまま進めてしまうと、どれだけ美しい空間ができあがっても、宿としての芯が定まりません。写真映えはするけれど誰の記憶にも残らない、そんな宿になってしまいます。逆に、泊まってほしい相手が明確であれば、間取りも、家具の選び方も、備品のひとつまで、迷わず決めていくことができます。
これは、空間そのものが「誰にとっての、どんな価値か」を語り出す状態をつくること、つまり空間ブランディングの出発点でもあります。デザインを装飾として足すのではなく、空間の隅々にターゲットへのメッセージを宿らせていく発想です。
「誰に泊まってほしいか」を具体化する
「誰に」というのは、年齢層や性別といった属性だけの話ではありません。私たちが大切にしているのは、もう一歩踏み込んだ問いです。
- その人はどんな一日を過ごしてこの宿に辿り着くのか
- 何に疲れていて、何を求めているのか
- 一人で来るのか、パートナーと来るのか、家族や友人とグループで来るのか
- 滞在中、何をしている時間がいちばん幸せか
たとえば「都会の喧騒に疲れた30代夫婦が、何も予定を入れずに過ごしにくる」のか、「趣味の仲間たちが集まって夜通し語り合う拠点にする」のかでは、必要な空間の性格がまったく変わります。前者であれば、静けさと余白、五感を落ち着かせる素材選びが軸になりますし、後者であれば、人が自然と集まる土間や広い共用空間、会話を弾ませる灯りの設計が軸になります。
「誰に」が決まると、すべての判断基準が生まれる
私たちが古い建物や空き家をリノベーションして宿にする際に大切にしているのが「見立て」という考え方です。既存の建物が本来持っていた性格や記憶を読み取り、それを新しい役割に転じさせる。この「見立て」も、「誰に泊まってほしいか」が定まって初めて機能します。
- 古い梁や土壁を「侘び寂びの美」として見せるべきなのか、それとも「不便さ」として排除すべきなのか
- 水回りにどこまで投資するべきか
- Wi-Fiや電源の充実を優先するのか、あえてデジタルデトックスできる環境を優先するのか
- 近隣とのつながりを演出するのか、完全なプライベート空間を守るのか
こうした判断はすべて、「誰の、どんな時間をつくりたいか」という一点から逆算して決まっていきます。ターゲットが曖昧なまま「なんとなく良さそう」で選んでしまうと、後から見返したときに一貫性のない、説得力のない空間になってしまいます。
ターゲット像は「わがまま」なくらい絞り込んでいい
宿づくりの相談を受けていると、「間口を広げて、いろんな人に来てもらいたい」という声をよく聞きます。気持ちはよくわかりますが、実はこれが宿の個性を弱める一番の原因になりがちです。
万人受けを狙った空間は、結局誰の心にも強く刺さりません。それよりも、「この一人(あるいは一組)に、最高の時間を過ごしてほしい」というくらい具体的に人物像を絞り込んだほうが、結果的に多くの人の共感を呼ぶ宿になります。具体的なストーリーには、抽象的な「万人向け」にはない説得力があるからです。
コンセプトづくりは「誰かひとりを想像すること」から
民泊のコンセプトを決めるというのは、デザインテイストを選ぶことではなく、「その空間で誰にどんな時間を過ごしてほしいか」を突き詰めて考える、空間ブランディングの作業そのものです。
- どんな一日を過ごしてきた人が、この扉を開けるのか
- その人にとって、ここでの一晩はどんな意味を持つのか
- 帰り際、どんな気持ちで玄関を出ていってほしいか
この問いに丁寧に向き合うことで、建物のどこを活かし、どこを変えるべきかという「見立て」の方向性が自然と見えてきます。宿づくりに悩んだときは、間取り図やデザイン案を広げる前に、まず一人の顔を思い浮かべてみてください。そこから、すべての設計判断が始まります。