八年経っても、飽きない。
——設計者が祖父の家を29㎡の事務所にした話完成して八年経ちますが、この事務所は、いまも変わらずいい空間だと思っています。
MADARA事務所(横浜市南区・29㎡)
祖父が使っていた、当時で築39年の家がありました。
祖父が亡くなってから数年、その家は空き家のままになっていました。誰も住んでいない家は、傷むのが早い。もったいないな、とずっと思っていました。
いま日本には、約900万戸の空き家があります。祖父の家も、そのうちの一戸でした。私はまず、自分の手の届く一戸から始めたことになります。
会社の設立は2018年の7月2日。事務所ができあがったのは、その年の10月でした。つまり最初の3か月間、MADARAには事務所がありません。私は自宅のダイニングテーブルで仕事をしていました。
リノベーション前。数年間、空き家のままでした
直さなくても、たぶん機能した
正直に言えば、祖父の部屋は古いままでも、事務所としては機能したと思います。机を置いて、パソコンをつなげば、仕事はできる。創業直後の会社にとっては、そのほうが合理的な判断だったはずです。
ただ、リノベーションの会社がリノベーションされていない部屋で仕事をしている。それはどうなのか、と思ったのです。だからきちんと手を入れて、快適な空間にしたいと思いました。
けれど、そこからが難しかった。
聞く相手が、いなかった
これまで私は、クライアントの家やオフィスを設計してきました。いろいろな要望や思いを聞きながら、それを空間に翻訳するのが仕事です。
ところが今回は、目の前にクライアントがいません。自分がクライアントであり、同時に設計者でもある。
これが、なかなか難しかった。
聞く相手がいないということは、決める人が自分しかいないということです。空間は対話で生まれるものです。誰かの人生を聞いて、そこから方向が定まっていく、そんな手順が使えない。自分で決断しなければ、設計は進まない。迷いに迷って、頭が痛くなるくらい悩みました。
いま思えば、この経験でひとつ分かったことがあります。私の設計は、クライアントの物語に支えられている。話を聞くところから始めるのは方法論だと思っていましたが、そうではなくて、対話がなければ、人は一人で考えを深めることは難しいのだと、身をもって知りました。
そうしてようやく決まったのが、この事務所です。
天井を壊したら、出てきたもの
まず、天井を壊しました。
29㎡しかないので、少しでも開放感が欲しかった。天井を取り払って、屋根の裏まで見せてしまおうと考えたのです。
壊してみたら、美しい梁が現れました。そしてその奥に、幣串(へいぐし)がありました。39年前、この家の上棟のときに納められた上棟祝いの幣串です。
天井を壊したら、美しい梁と、上棟祝いの幣串が現れました
そのまま残しました。天井は小屋裏を見せたまま、壁は白く塗り、床は無垢のフローリングに。梁と幣串が、いちばん上から空間を見下ろしている状態です。
一つのものに、いくつもの役目を
29㎡に、応接と事務の両方を入れる必要がありました。
壁で仕切れば、どちらも狭くなります。かといって仕切らなければ、来客のたびに事務作業が丸見えになる。
ラワン合板の大きな本棚。背板の三角形のパターンが、まだら模様にも見えます
事務スペースの周辺には十分な収納量も必要だったので、ラワン合板の大きな本棚を、真ん中に置きました。ゾーンを分けながら、両側から収納として使えて、人が通り抜けられて、光と風を通しています。そして棚の背板の三角形のパターンがまだら模様にもみえて事務所の象徴にもなる。ひとつの家具に、いくつもの役目を持たせています。
小さな空間では、そうするしかありません。ただ、これは制約から生まれた工夫であると同時に、私が空間に対して考えていることでもあります。ひとつの物に意図して複数の意味を持たせることが空間に奥行を与えます。
混ざっているのに、調和している
胡桃の無垢でつくった対面の流し台と、それに連なる打合せテーブル
応接には、胡桃の無垢でつくった対面の流し台と、それに連なる打合せテーブル。床はアカシアの無垢材をヘリンボーンで貼りました。事務スペースには、ホワイトアッシュの無垢の作業カウンター。床は桜です。
胡桃、アカシア、ホワイトアッシュ、桜。異なる木が、同じ空間に同居しています。
金物と照明は黒とゴールド。スイッチは陶器とメタルのトグル。椅子や什器は、東洋のものと西洋のものが混ざり、時代もジャンルもばらばらです。
東洋のもの、西洋のもの。時代もジャンルも、ばらばらです
普通に考えれば、まとまらないはずです。
でも、まとまっています。
これが「斑(まだら)」ということだと、私は思っています。
均一に揃えて美しくするのは、それほど難しくありません。難しいのは、それぞれが個性を保ったまま、全体としてひとつになることです。
木にも、時代にも、様式にも、それぞれの持ち味があります。それを削って揃えてしまえば、確かに整いますが、同時に意味の奥行きがなくなります。そうではなくて、一つひとつの個性を活かしたまま、互いを引き立て合う関係に置く。そのとき、混ざったものは濁らずに、ひとつの美しさになる。
これは、人の集まりでも同じことだと思っています。私も、スタッフも、クライアントも、職人も、それぞれ違う。その違いを、相手のために使ったとき、混ざり合いが美しくひとつの絵になる、まだら模様の瞬間です。
この29㎡は、MADARAが何を美しいと考えているのかを、最初に形にしたものです。
その後のこと
この事務所は、2019年の日本空間デザイン賞に入選しました。同じ年に「東海道BEER川崎宿工場」も入選したので、2作品の同時入選です。オフィスデザインの事例集に掲載され、表紙にも選んでいただきました。
正直に言うと、暑いし、寒い
いいことばかり書いてきたので、正直な話も書いておきます。
天井を壊して小屋裏を現したので、夏はとにかく暑いです。冬はとにかく寒い(笑)。当然といえば当然で、屋根の熱がそのまま入ってきて、暖めた空気は上に逃げていきます。
もうひとつ、想定していなかったことがありました。夏の土砂降りの日、屋根に当たる雨の音がすさまじい。隣に座っているスタッフとまともに会話ができないくらいです(笑)。凄すぎてホントに笑ってしまいます。天井があるということは、断熱材と一緒に、音も遮っていたということでした。
なので、天井を壊して梁を見せる設計を、安易にはおすすめしません。やるなら、屋根上か小屋裏側に断熱をしっかり入れてください。設計の段階で決めておいた方がいいでしょう。
うちの場合はエアコンを強化することで、夏も冬も快適に過ごせています。ただ、それは対症療法なので、最初から断熱などで解決しておく方が、間違いなく賢い。
それでも、時を経た小屋裏がいい
でも梁と小屋裏を見せたことに後悔はありません。
もし新築で小屋裏を作ったら、白木のキレイな小屋裏になります。それはそれで美しいのですが、39年の時を経た小屋裏の様子は、新築にはない味わいと親しみを感じさせます。時を経たからこそでる建物の素晴らしさも大切にしたいのです。
八年、使ってきて
完成して8年経った今でも、この場所への愛着は変わりません。飽きない空間です。
整理整頓にも、ものの並べ方にも、自然と気をかけている。誰かに言われたからではありません。気持ちのいい場所にいると、そこを大切に扱いたくなります。
そうしているうちに、この空間はいろいろな役目を持つようになりました。
訪ねてきてくださる方は、たいてい何か言葉をくれます。
「おしゃれですね」
「落ち着きますね」
「カフェみたいですね」
「夜は夜で、素敵になりそうですね」
クライアントや取引先の方の心象が、とてもいい。金融機関の方は「他の会社でこんな素敵な事務所は見たことがない」と言ってくださいました。求人をかけたことは一度もありませんが、ご縁でこの事務所に来た方が、
「ここで働きたい」
と言ってくださることがあります。
29㎡が、姿を変える
夜には人が集まって、少しお酒を飲んだり、ご飯を食べたりします。机を並べて、イベントを開いたこともありました。
打合せテーブルを可動できるように設計したので、対面に置けば少人数の打ち合わせ、平行に並べれば大人数の会議やパーティー。29㎡が、姿を変えてくれます。
そして、人が集まるたびに、その人たちの個性がこの空間に持ち込まれます。混ざるものが増えるほど、この場所は豊かになっていく。
空間に手をかけると、空間が返してくる
空間に手をかけると、空間が返してくれる。返ってくるから、また手をかけたくなる。この事務所は、私にとって、その循環のいちばん長い実例です。
窓が多いので、昼間は照明をつけずに仕事ができます。梁の下で、今日も仕事をしています。
空き家だった家が、
いまは毎日仕事をし、時に人が集まる場所になりました。
祖父もそんな使われ方を喜んでくれてるんじゃないかな、と思います。