空間は、コストではなく、投資である。
——祖父の家をオフィスにリノベーションして、私が回収したもの創業のとき、私は普通ならやってはいけない投資をした
会社を立ち上げたとき、私は自分の事務所をつくりました。
もとは、祖父の家だった当時築40年の建物です。祖父が亡くなってから数年、空き家のままになっていました。もったいないな、とずっと思っていた。だから独立するタイミングで、その家をリノベーションして、自分の事務所にしました。
かかった費用は、○百万円!
いま経営者として振り返ると、なかなか無計画でチャレンジャーだったと思います(笑)
立ち上げたばかりの会社が最初にお金を入れるところは、普通そこではありません。運転資金、営業、人。優先順位はいくらでもありました。
それでも私は、そこに投資しました。ちょっとバカでしたね(笑)
祖父の家をリノベーションした、MADARAの事務所
でも理由は三つありました。
ひとつは、リノベーションの会社なのに、古いまま手を入れていない場所で仕事をしていては、説得力がないと思ったから。
ひとつは、自分が毎日を過ごす場所を、豊かで快適な場にしたかったから。日々過ごす環境が自分の気持ちを整え、仕事に前向きに取り組む力を与え、仕事の質を上げると考えたからです。
そしてもうひとつは、自分の事務所を「顔」にして、自分の仕事の価値を証明したかったからです。
先に結論を書いてしまうと、その空間への投資は正解でした。数字の上での勝算があったわけではありません。ただ、あのお金は、後から様々な形で返ってきました。
そのあとに起きたこと
2019年、この事務所は日本空間デザイン賞に入選しました。オフィスデザインの事例を集めた書籍に掲載され、表紙にも選んでいただきました。
オフィスデザインの事例集に掲載、表紙にも選んでいただきました
そして今も、事務所にはいろいろな方が訪ねてきてくださいます。みなさん、口々に感想をくれます。おしゃれですね。落ち着きますね。面白いですね。使いやすそうですね。カフェみたいですね。夜は夜で、素敵になりそうですね。
その一つひとつが、私の仕事の説明になっています。パンフレットよりも、提案書よりも、たぶんずっと雄弁に。それが仕事の依頼になったり、口コミになったり、採用につながったりしてきました。
オフィス創りに使った費用は、そうやって返ってきました。工事費としてではなく、投資として。
もっとも、当時の私にそこまでの計算があったかというと、ありません。勝算とか投資だとか、そんなことも考えてませんでした(笑)ただ「ここで仕事をしていたい」と思っただけです。計算は、後から追いついてきました。
「それは、リノベーションの会社だからでは?」
そう思われるのは、もっともだと思います。私の場合は空間そのものが商品なので、話がまっすぐすぎる。
では、業種が違えばどうなのか。
徳島県鳴門市に開発拠点を置くIT企業、株式会社HIROKAさんのオフィスを設計しました。事業拡大にともなう移転で、いちばんの課題は採用でした。地方には仕事がないから、若い人が都会へ出ていってしまう。その流れをどうにかしたい、という会社です。
HIROKAオフィス(徳島県鳴門市)— 会話が生まれるカフェカウンター
完成してしばらくして、役員の方からこんな言葉をいただきました。
「若い子が、ここで働きたいと求人に応募してくれている。今では人も増えて、事務所の机もどんどん埋まってきています」
それだけではありませんでした。
「若い採用希望者の反応がいい」
「スタッフが前よりイキイキしている」
「銀行の心象がとてもいい」
「素敵なオフィスができて、地元の方々に注目されるようになって、大手企業や鳴門市との提携が決まった」
社員の方のアンケートには、「自慢のオフィスだと話したい」という一行がありました。
その後、HIROKAさんにはメディアの取材もたびたび入るようになりました。オフィスは、会社を語る場所になっています。
IT企業にとって、オフィスは商品ではありません。それでも空間は、採用を変え、取引先の見方を変え、地域での立ち位置まで変えていきました。
「内装工事費」という一行
多くの会社で、空間にかかるお金は「建築費」や「内装工事費」として計上されます。
工事費はコストで、コストは削るものと考えると、その空間がどんなものになるかはだいたい決まってしまうように思います。相見積もりが取られ、比較され、安いほうが選ばれる。誰も間違っていません。経営者として、まったく正しい判断です。
ただ私は、本当にそうだろうか?と思います。
削られた空間は、たいてい何も語りません。語らないから、事業には何も返ってこない。返ってこないから、次もまたコストとして扱われる。この輪の中にいるかぎり、空間はずっと「お金のかかるだけのもの」のままです。
これは誰が悪いという話ではなくて、たぶんどこで回収するかを決めていないだけなんだと思います。
空間そのもので回収しようとすれば、天井ができます。けれど、事業全体で回収すると考えた瞬間、その空間はコストではなく、入口になります。
家賃が上がるわけでも、売上が直接増えるわけでもない。極端に言えば、その空間だけで採算が合っている必要すらありません。そこで出会った人が本当の本業や別事業の顧客になるなら、回収はそちらで起きているからです。
私がオフィス創りに使った費用も、いま思えばそういうお金でした。
では、何が返ってくるのか
「これはブランディング投資です」と言うだけなら、誰にでもできます。何が返ってくるのかを語れて、はじめて投資と呼べる。
私がこれまで見てきた範囲では、物語のある空間が返してくるものは、だいたい五つに整理できます。
客層が、変わる
安さで選ぶ人が減って、価値で選ぶ人が来るようになる。結果として、単価が変わってきます。
「あの空間の会社」として、語られる
覚えられて、人に話される。話されるということは、広告費が下がるということです。指名と紹介が増えていきます。
採用が、変わる
良い空間には、良い人が集まってくる。求人の反応が変わり、辞めなくなる。採用コストは静かに、けれど確実に効いてきます。
私たちの会社も、求人をかけたことがありません。それでもありがたいことに、ここで働きたいと言ってくれる人が現れます。
事業の格が、上がる
取引先の見る目が変わり、銀行の見る目が変わる。大きな話が通りやすくなる。
売り込まなくても、広がっていく
写真に撮られ、共有され、話題にされる。取材が入ることもあります。
これらは「内装がきれいだから」だけで起きることではないと思っています。きれいなだけの空間は、記憶されません。
人が覚えていて、人に話すのは、意味のほうです。
この壁がなぜレンガなのか。なぜここに畳があるのか。その理由がその会社の物語とつながっているとき、空間ははじめて語りはじめる。物語は共有されるほどに強くなります。
私たちが最初の打ち合わせでいきなりデザインの話をしないのは、そのためです。物語のない空間は、どれだけお金をかけても、あまり何も返してくれない。消費されていつか飽きられます。逆に言えば、物語の設計は情緒の話ではなく、再現性のある仕組みの話だということです。
ひとつだけ、正直に
そう言えるだけの中身がなければ、私は「投資」という言葉を使いません。
高く売るための言葉ではないからです。空間が本当に人を動かして、事業に返ってくる設計になっているときにだけ、投資と呼んでいい。だから私たちは、まず人生の話を聞くところから始めます。何を大事にしてきて、何を目的にどこへ行こうとしているのか。それが空間に翻訳されていなければ、その空間はやはり何も語らないままだと思うからです。
最後に
ウェブサイトも名刺も、たいていの会社がきちんと整えています。私も整えました。
では、そのあとに人が実際に足を運び、いちばん長く目にする場所は、どこだろうかと思います。
自分たちの仕事の質を、センスを、姿勢を——取引先に、お客様に、従業員に、これから入ってくる人に、どう受け取ってほしいか。空間は、そのことを黙って語り続けます。
その空間は、コストですか?
それとも、投資ですか?
MADARAの設計は、
オーナーの人生の話を聞くことから始まります。
あなたの人生の話を、聞かせてください。