建てない建築士という選択 ——リノベーションにしかできない空間がある
私は、建てない建築士です。
一級建築士なのに建てない——そう言うと、「なんで新築やらないんですか?」とよく聞かれます。これには大きく二つの理由があります。
建築学科の学生だったころ、「建築士になるなら新築を設計する」というのが王道でした。リフォームや改装は亜流、2流・3流のような価値観がありました。私自身も、新築を設計することが素晴らしいという感覚を持ったまま社会に出て、建築家の主催する設計事務所などを渡り歩きました。
転機は17年前。中古住宅の買取再販を手がける不動産会社で、リノベーション設計施工チームに加わったことです。まだ「リノベーション」という言葉が世間に認知されていない頃でした。そこで初めて、既存の建物をリノベーションするという仕事に出会いました。築古でかなり傷んだ物件でも丁寧に設計施工することで、現代の生活に合うカタチにすることができると知りました。
私がリノベーションを選択する理由① ——社会的な必然
日本では今、空き家が900万戸を超えています。一方、世帯数は6,000万世帯。家が余り続けている時代に、新築を増やし続けることが社会全体の最適解なのか。私はずっと疑問を感じてきました。
だから、2018年に独立してからもリノベーションに特化した設計施工の会社として、MADARAを立ち上げました。
私がリノベーションを選択する理由② ——新築にはつくれない空間がある
既存建物には「過去」があります。用途の履歴、時代背景、地域との関係性、使われてきた痕跡。一見すると古臭さや制約に見えるかもしれませんが、見方を変えれば、その建物にしかない個性です。新築では決して再現できない可能性が、既存建物には眠っています。
その確信が、形になった瞬間があります。2022年夏にオープンした川崎市の公共事業「カワサキ文化会館」です。
リノベーション前の様子
かつてパチンコ店として使われていた建物を、スポーツ文化の複合施設として再生するプロジェクトでした。そこにバスケットコートを入れることになりました。
新築でバスケットコートをつくるとしたら、天井にパチンコ店の装飾をつけるなんて、絶対にありえません。でも、パチンコ店をリノベーションしてバスケットコートを入れたから、できてしまった空間です。
パチンコとバスケットコート。どちらもエンターテインメントという点でつながりながら、まったく異なる世界が融合した空間。これは新築では絶対に生まれない。既存建物の特徴をあえて残して、新しい使い方と組み合わせたからこそできた、唯一無二の空間でした。
パチンコ店の装飾を冠したバスケットコート
2階のオフィス
古いものと新しいものを組み合わせ、その建物にしかない空間をつくる。それが、リノベーションの醍醐味です。
リノベーションとは、古いものをきれいにして
建物の履歴を消すことではありません。
すでにある価値を読み解き、活かしながら
再編集する行為だと、私は考えています。
だからMADARAは、リノベーションを選択しています。